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michi草。

michi草。

天体観測

  天体観測

 
聞き覚えのある名詞につきっぱなしだったTVに目をやった。
「―――で、ね、だったらもう来月にした方が良いんじゃないか、って田淵のおばさんも… ――ってアンタ、聞いてる?」
母親が台所から出て来る。実際、全く聞いてなかった。ちなみにその前もろくに聞いてなかった、適当に相槌は打ってはいたけど。けど今はそれさえ忘れていた。
「流星群だって」
「は?」
「12年ぶりだって」
もう12年も経っている事に驚いた。

 俺はその星が12年前にこの星の近くをかすった時を覚えている。

 
 「凄い久しぶりに帰ってきたと思ったら今度は何やってんの」
帰ってきたのは不可抗力だ。俺だって姉貴の結婚式くらいは出ないといけないって気になる。姉貴も、兄貴になる人も嫌いじゃない。家だって、ここだって嫌いな訳じゃない、ただ面倒くさいだけだ。
てなことを思いつつ、説明ヒトツしないでひたすらに納屋をひっくり返す俺を、母親はしばらく見ていたが、やがて「男の子なんてホント何も言わなくてわかんないわねぇ」とか何とかつまらなそうに呟きながら戻って行った。
 意外にソレはすぐに見つかった。けどひどくホコリを被っていた。旧式でやたらと重い、天体望遠鏡。

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 ヨシはかなり小さい時からの遊び友達だった。
同じクラスになった事もあれば離れた事もある。あの時はちょうど同じクラスだった。
「すげぇ星が来るんだ。」
ヨシはすこし興奮した様子で僕に話を持ちかけた。
図書室に連れて行かれて、迷うことなく奥の棚からすごく分厚い本を抱えて持ってくると自慢げに開いて差し出した。
「コレだよ、スゴイって。サイコウだって。」
大きい目をクルクルさせながらヨシはその星の話をした。とにかく流れ星の親玉みたいな大きいヤツが 何10年にいっぺんしかみれないスゴイのが来るんだと言う。
古ぼけた辞典に載ってた写真は少し刷りきれていて正直何がどうなのかわからなかった。流れ星といえば星の後にほうきの枝みたいな光のすじが付いたメルヘンなヤツだと思ってたが違っていた。なんか花火みたいな光の筋。意外に華がない。
「もっちゃん本物の流れ星って見た事あるか?俺マンガでしかない。」
「僕、ドラゴンボールで見た」
「見た見た!願い事とか言うと叶うってしってっか?」
ヨシは辞典を自分の方に引き寄せて嬉しそうにその写真を指でなぞった。
「…スゴイお願いはスゴイ星じゃないと叶えられないかんな」
ヨシが星を好きだなんて知らなかった。今までおよそヨシの口から星のうんちくを聞かされた覚えもない。何だってこんなに興奮してるのかよくわからなかったが、ヨシがここまで言うのだからなんかすごい事なんだろうという気がし始めていた。
「だから俺、観に行くんだ。俺んち団地だからあんまり空見えないし、学校のプールの脇の観察棚があるトコ、夏の宿泊学習の時花火したあそこなら 空に近いし絶対イイと思うんだ。」
「夜?」
「夜じゃないと星みえないじゃん!当たり前だよ」
「けど下校時刻に出されるよ。」
「だからこっそり夜中に入るんだよ。あそこの鍵今壊れてる」
ヨシはししし、と笑う。図書室の先生の方を見て、慌てて口を押さえた。
「もっちゃんち、天体望遠鏡あるって言ってたろ?この星、望遠鏡で見るともっとスゴイ。一緒に見にいこうぜ。夜中に探検だよ。」
星より何より 夜とか秘密とか探検とか言う言葉に胸が踊った。僕は頷いた。
「…絶対秘密な。」
ヨシはもう一度念を押すようにささやいて、にかッと笑った。

 時計の針が12を超える時間というのをそれまで僕は知らなかった。
電気を消してからベットの中でまた洋服に着替え、ベットの下に隠した天体望遠鏡をつめこんだリュックを、手探りで何度も確認した。
ドキドキして胸が張り裂けそうだ。勝手口からそっと出て、靴を履いたら僕は必死で待ち合わせの場所まで駆けた。
夜も 黙って外に出てきた事も すれ違った猫の昼間と違う大きい目も
全部ひどく恐かったし、ひどくワクワクした。
背中に堅く当たる望遠鏡。重くてバランス悪くて走りにくかった。
途中犬に吠えられた。心臓が止まるかと思った。
街灯と街灯の間は全くの闇で、それは今まで見た事がないくらい暗くて、何かに追い立てられるような気がして、けど振り返るのも恐かった。僕はただひたすらに駆けた。
早く、ヨシに会いたかった。ヨシとなら、怖くない。ひとりでないから、恐くない。
 待合わせの踏切にまだヨシはいなかった。一度も止まらなかったので息が切れて、口の中が微かに血の味がする。それまで聞こえてた自分の息遣いが静まってくると、もっと不安になってきた。
しん、と静けさの音がする。
きょろきょろしているとやがてリュックを担いだヨシが坂を登ってくるのが見えた。
途端に又わくわくする気持ちのウェイトが上がった。急に自分がすごい勇者のように思えて 誇らしい気分になった。
 ヨシもひどく息が切れていた。遅れた事を謝って、僕の背中の天体望遠鏡を見ると すげぇな、かっこいいな!と感動し、よし!行こうぜ!と僕の手をとった。
 僕達はひそひそと、けど絶え間無く何かを囁きあっては笑い転げながら やっぱり走って坂を登って学校へと向った。プールの入り口の柵の鍵は錆びて壊れていて、全ては計画通りだった。
 
 天体望遠鏡を組み立て、僕らは冷たいコンクリに腰を下ろした。望遠鏡を担いでた僕と同じかそれ以上に重そうなリュックをヨシは担いでいて、何がはいってんの?と聞くとヨシはししし、といつもの笑いを浮かべながら 中から懐中電灯とかラジオとか『うまい棒』とかいろんな物を出してくる。僕もいちいち「おーー!」と大喜びし、その頃の僕達のいつもの合図、拳をぶつけ合う仕草で笑いあった。
 ヨシと天体観測の計画を立ててから僕はいくつか星の本を読んだ。それまで何も思った事無かったけど興味が出てきた。あんなに興奮して星の話をするから、ヨシはよっぽど星が好きなんだろうと思ったら、何も知らないので驚いた。僕が仕入れた星の知識を話すと、「へーー、やっぱすごいな、もっちゃんは。何でもしってんなぁ!」といちいちひどく感心してくれる。
「星ってすげぇ遠くにあるらしい。どれくらい遠いかっていうとさ、光の速さで、何年もかかるんだって。
光ってすごい早いのに、それでも何年もかかるんだって」
僕は最近知って一番衝撃的だった光速と星の距離について話したが、ヨシは今ヒトツ理解できない風だった。
僕はあまり話が上手な方ではなかった。けどヨシは一生懸命聞いてくれた。
「つまりさ、何年も前にピカッて星が光ったのが、今見えてるんだ」
「ええーーーっ!!」
これにはヨシはひどく驚いたようだった。
「今アレ、ピカッてしたの、アレ、今じゃないの??!俺らが1年の時かもしんないの?」
すっげぇぇぇぇぇーーー!!とヨシはねっころがって足をバタバタした。
「じゃさ、じゃさ、今ピカッてしたら、ソレいつ見れんの??!」
「わかんない、遠い星だったら、僕達もう大人になってるかもしんない」
「・…すっげぇぇぇ」
僕らはうまい棒をかじりながら 鼻歌を歌いながら 持ってきたチョークでコンクリに絵を描いた。UFOが来たらどうする?とか 宇宙人てこないだテレビで見た、こんな顔だったぞ、とか言いながら。それはいつもの僕とヨシの遊ぶ風景だった。その時毎日そこにあって、なくなるとは考えもしない 余りに普通な。

「ヨシ、5年になったらサッカーにする?ソフトに入る?」
サッカーボールを描きながら僕が聞いた。僕らの小学校では5年になったらスポーツの少年団に入れる。ふと思いついて、口にしただけだった。
けどヨシから返事がすぐ返って来なかったので、僕は顔を上げた。
すっかり闇に慣れた目でヨシの顔を見ると 少し離れたところにあるぼんやりとした水銀灯の明かりのせいなのか、ヨシの顔はいつもと違う感じに見えた。くしゃみを我慢しているような、笑ってるようで苦しそうな 変な顔をしていた。僕が見てることに気が付いて、ヨシは無理にニヤリとした。
「もっちゃん、大宮って知ってる?」
オオミヤ?と聞き返すとヨシはチョークで足もとの絵をぐちゃぐちゃと塗りつぶした。
「知らないよなぁーー。そんなトコ知らないよなぁーーー。」
そして立ち上がりパンパンとズボンをはたきながら向こうを向いてしまったので顔は見えなかった。
「俺はサッカーかなぁ。もっちゃんとかタイジとかとキャプテン翼みたいにサッカーしたいよなぁーーーー。」
すればいいじゃん、しようよ、と
僕は言おうとした。でもヨシは言う間を与えずに
「今星がピカッてしたらさ、ソレを俺やっぱ大人になって もっちゃんと見たいよね。だって、俺ともっちゃんが一緒の時にピカッてしたんだからさ。」

 その時なんで僕はそんな変な気分になったのか判らなかった。
ヨシの声がいつもと違って聞こえた。けどどう違うのか判らなかった。
何で今日は何もかもが違って見えたり聞こえたりするのか、判らなかった。
きっとそれは夜だから、暗くて、ちょっと恐くて、でもいつもより自分がちょっとだけ強くなったからだと
そう思った。だからいつものように
サッカーをしよう、でもって、星も見ようぜ、と言おうとして
ソレが遮られた。
「――――もっちゃん!!星だ!!!!」
西の上空を仰いだ。星が流れた。


 光の渦、ゴウッと
音が聞こえるような 
それは一瞬だったけど ひどく長くも感じたし
 けど瞬きをする間に視界を通りぬける
ため息のような、歓声のような その合間みたいな声が僕とヨシから漏れた。
呼吸をするのも忘れていた。

   僕はこんなに綺麗なものをはじめて見た。
   この時 まだ たった9年しか生きてなかったけど。



 帰りに雨に降られた。
最初ぽつりぽつりと、けどそれはやがて本格的に降り出した。
はしゃぎすぎて興奮しすぎた反動で、疲れてもいたし 
はじめて観た流星に魂を抜かれたようにもなってて
それから多分 僕は少し気が付いていた。
ヨシのさっきの泣き笑いのような顔を、僕は何度か見た事があった。
最近、その顔を時々見ていた。それはヨシのしししといういつもの笑い顔を見るとわすれてしまうのだけど、今日は何だか何がどうとは判らないけど 僕は胸がもやもやしていて
「俺、願い事言い忘れた」
急にヨシが言った。そして肩からズレるリュックの紐をたくし上げた。
「すっげぇ星だったのに。母さん治りますようにって言いたかったのに」

 ヨシのお母さんは入院してた。それは知ってた。
親と一緒に一度病院にお見舞いに行った事がある。
ヨシはいつもけんかも強くて男らしくてやんちゃで、ウサギ組の時は先生を泣かしちゃったりもして とにかく元気な奴だったけど、病院でお母さんと一緒に居る時のヨシはいつも見るヨシと全然違っていて僕は驚いた。パジャマ姿のお母さんの膝に乗ってずっと手を繋いでいた。まるですごく人見知りする女の子みたいに、ヒト時も側から離れないんだ。
 病院の帰り道「なんかお母さんと居るヨシは赤ちゃんみたいだった」と言うと ウチの母さんは「いつも一緒に居れないから甘えたいのよ、可哀想ね」と言った。けど他の時のヨシはそんな言葉は全然似合わないくらい元気で いつも笑ってたから 
お母さんのことも普段全然口にしないし 僕は実を言うとヨシの母さんがまだ入院してたことも忘れてた位だった。
 可哀想とか悲しそうとかそんなのは ヨシには全然似合わなかった。

 雨がどんどん強くなっていった。
僕らは行きとうってかわって無言だった。
いつもやたらと賑やかなヨシが喋らなくて、
僕のもやもやはだんだん大きくなり 喉にはなにか詰まった感じで
何か話したいのに話す事が思いつかないんだ。
「天気予報あてになんねぇ!」
ヨシが急に大きな声で言った。
「 ―――大人の言う事は ほんと全然あてになんねぇなぁ!」
 なんか泣きだしそうな声だった。
何でかしらないけど、僕も泣きそうになっていた。

 僕らは冒険を成功させて、何10年に一度しかみれない星をみた。強くなったはずだ。誇らしいんだ。そう思おうとした。けど僕のもやもやはさっきより大きくなっていて いつも強いヨシが泣くのではないかと思ったら なんか僕は何とも言えない気持ちになって 
ヨシの顔を見たかった。けど見れなかった。見ちゃいけない気がしたし、多分僕も情けない顔をしてる。雨は目に入るし一層望遠鏡は重くて 僕はずっと俯いて歩いた。
隣のヨシが遅れて、振り返るとヨシは腕で目を覆っていた。空いてる左手を繋いで歩こうかと思ったけど何だか手が出なかった。
ヨシはいつも手を引っ張る方で、繋がれる方ではなくて 
ヨシの手を引っ張れるほど 僕には強さがなくて
だから僕は手が出なかった。
ヨシはそのまま腕でゴシゴシと顔をこすると しししッと笑った。
「雨がすッげぇ目に入る!」
僕も「うん、入る」と笑った。
けど多分、さっきのヨシみたいな 泣き笑いの変な顔になってたに違いない。 

 次の日、僕は熱を出した。
明け方まで起きてて雨に降られて熱を出さない程に頑丈な子供ではなかった。
濡れて帰って 抜け出したのも全部ばれたけど、熱を出したせいで怒られるのも何となくうやむやになった。ただもう2度としない事、その時は大人と一緒に行く事を約束させられた。
僕はベットの中で、ヨシのことを考えていた。やっぱり大人に見つかって怒られたかな とか、学校でタイジや他の友達に武勇伝を話そうとか、考えた。
今度会うときは、多分ヨシはもう元気ないつものヨシに戻ってると
何の根拠もなく信じていた。


けど 風邪を治して学校に行っても、ヨシは休んでいた。
そして
 そのまま、ヨシとは会えなかった。



後になって
ヨシのお母さんが亡くなった事と、それらのいろんな事が全て片付いた後、ヨシはお婆ちゃんの所に引き取られたと 母さんと先生から聞いた。
それは、オオミヤ、という所だと 聞いた。



 なんでヨシのお母さんは死んだのか
なんでヨシはおばぁちゃんの所に行かないといけないのか
どうして一緒にサッカーが出来ないのか
…どうして?
僕はやたらと母さんや先生や、僕らをとりまくあらゆく大人達に質問をぶつけて そのどの答にも全然納得がいかなくて なのに無理やりなだめようとする大人達に僕はひどく腹を立て 大人は僕の扱いに手をやき
『大人の言う事は全然あてになんねェ!!』
あの夜雨の中でヨシが言った台詞を僕も何度も胸の中で繰り返した。
けど一番僕が納得いかなかったのはそこにもうヨシが居なかった事だ。
あの日、ヨシの手をとらなかった事だ。
あの日観た星が瞬きする間に通りすぎて
手にあると思っていたものまで連れ去ってしまった事だ。
そして自分にはそれを止める事が出来ないと そういうことがあると知った。
僕より少しだけ早く、ヨシはそれを知ってしまって
だからあんな顔をしていたのかもしれない。
 一緒に遊んでて、ウチの母さんが迎えにきて先に帰る僕に手を振る時
5年になって少年団何に入る?と聞いた時
一緒にサッカーやりたいなぁ、と言った時  の
ヨシの泣き笑いみたいな変な顔を思い出す。
その度に、僕は言い様のない気持ちになる。
僕らはたったの9歳だった。
悲しいくらい、小さかった。

 あれからヨシには会っていない。
 “親友”なんて言葉の意味さえ考えなかった頃。
ただ ヨシといるのは楽しかった。
それだけで充分だった。


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『さて今夜は深夜から明け方にかけてほぼ全域でこの流星群を見ることが出来そうです』
お天気キャスターが言った。
「俺明日帰るわ」
母は 何よせっかく帰ってきたんだからもっとゆっくりしたら?といい、親父は聞いているのかいないのか 同じ姿勢で新聞をめくっている。
母は俺と親父を交互に見て、タメイキをついた。
そして「卒業して就職したらもっと帰ってこなくなるんだわ」と 誰に言うでもなく独り言にしては大きな声でぶつぶついいながら茶碗を洗い始める。
俺も だろうなー、と考えた。
「けどまぁ ……そんでも帰ってくんならここだし。」
俺の声は水音で聞こえなかったろう。親父は一度新聞から目を上げた。一瞬俺を見たけど、すぐ壁の時計に目をやって「…ナイター、始まるな」と呟いてリモコンを取った。

 スニーカーをつっかけて、外に出る。
住宅街の夜はあの頃と同じように暗い。
見上げると星があった。
流れない、そこに張りついたような光。けど静かに瞬いている。
今俺の目に映るこの光はどれだけの時間をかけて届いているんだろう

 今の俺がする事がどれだけ先に輝くのか 
それは少し先なのかそれとも途方もなく未来の話なのか 
まぁそれはわからないけど そんなのはどうでもよくって
星は多分そんな事考えもせず 瞬いてんだろう。


 踏み切りで足を止めた。
坂の向こうから、駆けて来るヨシの足音が聞こえてきそうだった。
待ってたら、跳ねるように坂を登ってくる小さな影が見えてくるのではないかと
俺はそんな想像をして しばらく坂の向こうを見ていた。


 大人になれば勿論いろんな事が見えるが
見えたからこそ一層切なくなる事もある。
 9歳のヨシはやっぱ勇者並みに頑張ってたな。いつも、笑ってたもんな。


 あの時背伸びしてぶら下がるようにして覗きこんだ望遠鏡を
今はすこしかがんで覗きこもう。
俺らが手にしたくて追いかけ続けるものも
多分あんな風に一瞬しかチャンスをくれない。


 次にあの流星が地球の近くをかする時
俺は何をしてるだろう
ヨシは、何をしてるだろう
俺らはどこで、それを見るのだろう




 ヨシ、俺言い忘れてた事があった。
星はどこにいても見ることができる。
  あの時のピカッ、はお前がどこに居てもちゃんと見れるんだ。
  


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